罪と刑

【成功するために大切なのは

どこから始めるのかではなく、

どれだけ高く目標を定めるかである。】

 

It is not where you start but how high you aim that matters for success.

 

 

1964年の今日6月12日は、

反アパルトヘイト運動家であった

ネルソン・マンデラに対して

国家反逆罪による

終身刑の判決が下された日だそうです。


 

死刑判決の可能性も高かったのですが、

世界中の世論が彼をサポートしていたことが刑を軽減させた要因だったようです。

 

…ということで、

ネルソン・マンデラの映画を紹介すれば良いのですが、ここではあえて外して

「ライフ・オブ・デビッド・ゲイル」を紹介しようと思います(笑)

 

この映画を一言でいえば、"死刑制度についての問題提起" をしているのですが、

サスペンスとしての要素が強く …というより私の印象としては “問題提起” よりも

“サスペンス性” を重視している感じがしたので、恐らくこの映画を観たからと言って

“死刑制度” についての考えが変わるとは思えません (^_^;)

 

では、なぜこの映画なのかと言うと、ここ数日、

犯罪を犯した人たちの言動が取り上げられているので、

自分の気持ちを整理したかっただけなのです。。。


 

「犯罪を犯した人は、一生その罪を背負い償って生きていく」

 

これは、“べき” ではないのですが、“そうあって欲しい” と望んでいる私がいました。

なぜなら、そうでなければ被害者側の人たちが報われないからです。

 

なので、そうではない人の言動を見たとき、

悲しみと強い怒りに似た感情が込み上げてきたのですが、

その人個人を批判し責めてみたところで、そこに至るまでには、

きっとその人たちの周りのいる人たち、

もっと広い意味で言えば私たちが創っている社会全体が、

それを助長させてしまったのかもしれないのです。

 

だとしたら、これは加害者と被害者というシーソーのような図式ではなく、

加害者と被害者を含んだ、複雑に絡み合ったチェーンのような社会全体があって、

最終的には、その一員であり、私が一番影響力を持っている私自身が、

どう感じ、どう行動するのかを選択するしかないんだ

…という結論に至った訳です。

 

人は不安になると他の人の意見が欲しくなります。そのこと自体は悪くはないのですが、

それに慣れてしまうと、影響力のある人の意見を鵜呑みにして、

したり顔で自分の意見のように振る舞ってしまう…

 

けれど社会や誰かを批判する前に、個人個人が

自分の中にある良心に触れていくことこそ、

より良い世界への近道なのではないでしょうか?

 

 

って、ちょっと熱くなってしまったので、映画の話に戻りますと…

 

主役のケヴィン・スペイシーの演技力はやはり抜群で、

死刑囚のちょっと得体の知れない不気味さと、

大学教授であり死刑制度反対運動をする誠実さとを見事に演じていて、

観ている私まで謎に包まれてしまいました。